"Sheltering from the shower", Otsuka / Tokyo, Oct 2013

"Shichiken sake brewery", Hokuto / Yamanashi, Sep 2013
Listening to the canal speaks...
Shibaura / Tokyo, Sep 2013
Shibaura / Tokyo, Sep 2013
Kujukurihama beach / Chiba, Aug 2013
"inward", Venus fort, Daiba / Tokyo, Aug 2013
"Back door", Yanaka / Tokyo, Sep 2013
何気ない日常の一コマだって美しい瞬間で溢れている。フィルムに焼き付けた、そのコマのひとつひとつが愛おしくさえ思える。切りとった瞬間の数だけ心が動いたのであれば、きっと無駄な一枚なんて無かったはずだ。
Nishinippori / Tokyo, Sep 2013

"Things that never changes #2", Sendagi / Tokyo, Sep 2013
"Things that never changes", Hongo / Tokyo, Sep 2013

"TOLOT/heuristic SHINONOME" / Tokyo, Aug 2013
異界への入り口の様な場所は意外と身近に存在する。
Sangen-jyaya / Tokyo, Aug 2013

そこへ何をしに行ったのか?そこに何を見出したか?何故そこにレンズを向けたのか?
多分そんな事はどうだって良かったんだ。今手元にこの写真がある。それが答え。
"Its all fine to me", Sangen-jyaya / Tokyo, Aug 2013
Ikebukuro / Tokyo, May 2013
Shinjuku / Tokyo, Feb 2013
近所の何の変哲もない公園。悩んだり落ち込んだりした時によく訪れる。考え事などをしながら無意識にシャッターを切るので、現像するまで何を撮ったのか大抵は覚えていない。
- "池を見つめるこの壮年の女性もまた、俺と同じ様に何らかの思いを抱えてここへ来たのだろうか?"
そんな事を考えたことだけは何故か覚えている。
"A moment I remember, a photograph I can't remember.", Mabashi Koen park / Tokyo, Dec 2012

キャンデッドフォトという言葉が示すとおり、スナップの本質が盗み撮りである事は自明だ。許可をとってから撮る写真はスナップでは無いと言っても過言では無い。
一方、ネットの普及と比例してプライバシーやセキュリティ意識が高まる今日に、無許可で撮られた写真がネットに公開されることに嫌悪感を示す人も多いだろう。
スナップは善か悪か?
表現の自由と個人の尊厳を守る権利。相反するそしてとても重要な二つの権利が対立する構図。一介の市民としても、またスナップ写真の愛好家にとっても、決して有耶無耶にしてはならない重要な問題だ。
この場に自分の立場を示しておきたい。俺はスナップ写真を愛する全ての写真愛好家が、全てのリスクを背負う覚悟で堂々とスナップを撮り、どんどんネットに公開し、もっと物議を醸せば良いと思ってる*1。散々語られている話題ではあるが、まだまだ結論を出すには議論が足りなすぎる。いや、結論は永遠に出ないかもしれないけど、スナップフォトの文化を持続するためには議論の継続が必要だ。「炎上を恐れて引っ込めるくらいなら最初から撮るな」とすら思ってる。
岡本太郎、アンディ・ウォーホール、ジョン・ケージ、会田誠。アートが世に問題提起を投げかける手法は、ゲリラ的で多少暴力的くらいな方がちょうど良い。
2013/08/11加筆
別ブログにスナップ考に関する書籍の書評を書きました。
"Does snap photo evil?", Wakamatsucho / Tokyo, Apr 2013
Nippori station / Tokyo, Apr 2013
(話長いなぁ・・・)
"A dog looks boring", Kagurazaka / Tokyo, Apr 2013