
Mejiro / Tokyo, Oct 2013
"Sheltering from the shower", Otsuka / Tokyo, Oct 2013

"Kuncho sake brewery", Mameda-cho, Hita / Ooita, Sep 2013

"10AM at Ginza", Ginza / Tokyo, Sep 2013
異界への入り口の様な場所は意外と身近に存在する。
Sangen-jyaya / Tokyo, Aug 2013

そこへ何をしに行ったのか?そこに何を見出したか?何故そこにレンズを向けたのか?
多分そんな事はどうだって良かったんだ。今手元にこの写真がある。それが答え。
"Its all fine to me", Sangen-jyaya / Tokyo, Aug 2013
幼少期を過ごした街の隣町。江戸川を挟んだ向こう側は東京都。いくら眺めていても飽きないのは、やはり自分にとっての原風景なんだろうか。
Horie dock, Urayasu / Chiba, Aug 2013

Roppongi / Tokyo, Jul 2013
Yokohama / Kanagawa, May 2013

気合いのSS:1/10一発撮り。たまには大自然を撮るのも楽しい。
"Hossawanotaki", Hinoharamura / Tokyo, Jun 2013
「もしかして空梅雨?」この言葉は毎年飛び交ってる気がする。そして空梅雨疑惑は大抵杞憂に終わる。
"Ishikawa rest area", Hachioji / Tokyo, Jun 2013
Nishiogikubo / Tokyo, May 2013

キャンデッドフォトという言葉が示すとおり、スナップの本質が盗み撮りである事は自明だ。許可をとってから撮る写真はスナップでは無いと言っても過言では無い。
一方、ネットの普及と比例してプライバシーやセキュリティ意識が高まる今日に、無許可で撮られた写真がネットに公開されることに嫌悪感を示す人も多いだろう。
スナップは善か悪か?
表現の自由と個人の尊厳を守る権利。相反するそしてとても重要な二つの権利が対立する構図。一介の市民としても、またスナップ写真の愛好家にとっても、決して有耶無耶にしてはならない重要な問題だ。
この場に自分の立場を示しておきたい。俺はスナップ写真を愛する全ての写真愛好家が、全てのリスクを背負う覚悟で堂々とスナップを撮り、どんどんネットに公開し、もっと物議を醸せば良いと思ってる*1。散々語られている話題ではあるが、まだまだ結論を出すには議論が足りなすぎる。いや、結論は永遠に出ないかもしれないけど、スナップフォトの文化を持続するためには議論の継続が必要だ。「炎上を恐れて引っ込めるくらいなら最初から撮るな」とすら思ってる。
岡本太郎、アンディ・ウォーホール、ジョン・ケージ、会田誠。アートが世に問題提起を投げかける手法は、ゲリラ的で多少暴力的くらいな方がちょうど良い。
2013/08/11加筆
別ブログにスナップ考に関する書籍の書評を書きました。
"Does snap photo evil?", Wakamatsucho / Tokyo, Apr 2013
Nippori station / Tokyo, Apr 2013
昼間から飲み屋が賑わってる街には、どこか安堵感にも似た様な居心地の良さを覚える。
"A town where I feel comfortable", Nishiogikubo / Tokyo, May 2013
Tokyo Metropolitan Government Office, Apr 2013
(話長いなぁ・・・)
"A dog looks boring", Kagurazaka / Tokyo, Apr 2013

絶賛改修工事中の都庁地下。導線が完全に崩壊してるけどあれで良いのだろうか?
"Like a maze", Tokyo Metropolitan Government Offices, Apr 2013